秋葉原の件。

せめて月一エントリを…と思っていたら、5月のエントリを書きそびれてしまいました。
久々のエントリは、世間を騒がしているニュースから。


「もう死ぬ」「だめだ」加藤容疑者、同級生にメール繰り返す
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080611-00000035-yom-soci


…この手の「自爆テロ」とでもいうべき犯罪を犯す人間の心理は、自殺志願者のそれと重なる部分は大きいんじゃないかと思っていた。衝動が外に向くにせよ中に向くにせよ、根底にあるのは現在の自己(あるいは境遇など)の否定である場合が多いと考えられるからだ。
そして自殺に至るかテロ的な行為に走るか、その垣根はきっとそれほど高くない。

すなわちこのような事件の報道に際しては、自殺報道のような注意深さ・繊細さが求められるんじゃないかと考えられる。自殺報道については、自殺予防メディア関係者のための手引きがWHO(世界保健機構)より出されているので以下に抜粋。

何をするべきか

事実の公表に際しては、保健専門家と密接に連動すること。
自殺は「既遂」と言及すること。「成功」とは言わない。
直接関係のあるデータのみ取り上げ、それを第1面ではなく中ほどのページの中でとりあげること。
自殺以外の問題解決のための選択肢を強調すること。
支援組織の連絡先や地域の社会資源について情報提供をすること。
危険を示す指標と警告信号を公表すること。

してはいけないこと

写真や遺書を公表しないこと。
使われた自殺手段の特異的で詳細な部分については報道をしないこと。
自殺に単純な理由を付与しないこと。
自殺を美化したり、扇情的に取り上げたりしないこと。
宗教的、あるいは文化的な固定観念ステレオタイプに用いないこと。
責任の所在を割り付けたりしないこと。


犯行予告(自殺なら遺書のようなものに相当するかもしれない)を繰り返し流したり、凶器がどうだと詳細に取り上げたり、ゲームやオタクが悪だと言わんばかりのマスコミ論調。はたして報道は、同様の事件の再発防止には寄与しうるだろうか?


さてここで、boiledemaさんのblog「何かごにょごにょ言ってます」のエントリへのリンク。
【秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式

全文を読んで頂いた方がいいけれど、長いですが抜粋(一部改行のみ変更しています)。

(略)
少なくとも工場の正社員は6月30日付けで派遣はすべてクビと認識していたようだ。
期間工は契約更新しない形で順次数を減らすということ。 最終的には、正社員以外はすべて解雇する。

理由は、原油高による材料費高騰。しかも国内需要も伸びないので、引き続き好調な海外需要については、人件費コストの安い海外工場で生産する。

なんというか、これがトヨタのやり方か。トヨタの経営方針、在庫を抱えず、下請けからすぐに必要な分だけ部品を取り寄せるカンバン方式というのが有名だけど、
まさに、人間までカンバン方式なのだ。
(略)
犯行前に、ツナギがロッカーから消えていたことで、解雇されると思い込み激怒したとの報道があった。字面だけ追えばそんな小さなことで解雇なんて、と思う。
だが、彼の状況を鑑みるに、まともにコミュニケーションが成立していないので、ちょっとしたことにも過敏になってしまうだろう。

しかも、派遣会社の言ってることと現場の言われていることに食い違いがあり、クビにはならないと派遣会社が言ったところで、会社側が希望する日まで働いてもらうための方便に見えてしまうだろう。

クビにすると言ってしまえば、本人がバックレたり、やる気がなくなったりして生産性が落ちてしまう。
(略)
また、多少契約期間が伸びたところで、経営方針として最終的に派遣を切るという方向性に変わりはない。モチベーションの上がらない労働をさせられる時間が増えるだけであり、それはそれで苦痛である。

そういう状況下でツナギが無くなったとしたら、極めて非人間的な方法で、陰湿に解雇を告げてきたと勘違いしてもむべなるかな、だとは思う。
(略)
そもそも犯人の環境は、他者と関われないシステムとして存在している。
見知らぬ土地に連れて来られ、社員からは顔を覚えてもらえず、あたかも部品の一部として明日の生活を奪われる。俺はボルトじゃねえ。

派遣同士のつながりというのはどれほどあったのかは分からないが、(ニュースを見ていると同僚同士多少はコミュニケーションがあったようだが)希薄だったのではないか。

他者と関わりと持てず、漫然とモチベーションの上がらない仕事をしながら明日の生活に怯える。
他者のいない生活の中で、自分ばかりが肥大してしまう。ツッコミすら入らないのだから。

彼女がいない、ということに対して相当の劣等感を持っていたようだけど、承認の象徴が「彼女」だったのではないか。

無論、背景には恋愛至上主義もあるだろうし、若い男なのでそれ相当に性欲もあるだろうが、友達でも親でも、頼れる上司でも、あるいは猫だろうが、代替は可能だったのではないか。少なくとも道を踏み外すほどにはならなかったのではないか。

犯人は他人を巻き込まず、一人で勝手に死ねばよかった、そう言う人は多い。裾野市なので富士の樹海は近い。だが、犯人があのまま秋葉に行かず、一人樹海に向かったとしても、誰も探しに行かなかっただろう。

派遣会社も、派遣社員の同僚も良くあるバックレとしか思わず、社員はいなくなったことも知らない。

そのことを思いついたとき私は全身が寒くなった。

身震いするほどの孤独がそこには存在する。

人間としてみなされていない人は、他の人も人間としてみなさない。凶行の背景には、凍えるほどの孤独が生み出す負のスパイラルがある。

繰り返すが、だからと言って、無関係な人を殺したことの言い訳にはならないが。
(略)

        • 引用終わり----

この件の原因を「ハケンの境遇」に安易に帰することは危険だし上で書いたこととも矛盾するかも知れないが、よしんばこの境遇が本件の犯行動機と係わりがないとしても、状況自体がすでに大いに問題である。

さてここで、もいっちょリンク(引用)。
【新聞ウォッチ】秋葉原通り魔殺傷、容疑者「派遣職場に不満も」
より。

7人が死亡、10人が負傷した秋葉原の無差別殺傷事件。逮捕された加藤智大容疑者は警視庁の調べに対し「仕事で疲れ、職場にも不満があった」と供述しているという。きょうの各紙が「会社に居場所失う、雇用不安引き金か」(読売)などと報じている。

加藤容疑者の派遣先はトヨタ系の関東自動車工業の東富士工場(裾野市)で、同工場では6月末に派遣社員を200人から50人に減らす計画があったそうだ。会社の説明によれば、加藤容疑者はリストラの対象ではなかったようだが、事件3日前の5日早朝には出勤直後に「自分のツナギ(作業着)がない」と大騒ぎして無断欠勤するなど精神的に不安定な様子だったという。

正社員と非正社員の格差が大きな社会問題となっているが、容疑者の派遣先のトヨタグループは人の「きずな」を大切にする日本型経営のお手本。しかも、パート従業員の正社員化など格差是正に積極的に取り組んでいる矢先だけに、若者の理不尽な凶行を未然に防げなかったことが無念としかいいようがない。

福田俊之

この福田俊之なる人物、どうもトヨタ御用達の太鼓持ちジャーナリスト(売文屋)のようだが。上で引用した状況をどう解釈すれば「人の『きずな』を大切にする日本型経営のお手本」となるのか聞いてみたいものだ。

いつも拝見している「新小児科医のつぶやき」の
秋葉原の事件
でも指摘されている通り、この件の報道はトヨタの意向を反映していると考えざるを得ないようである。
個人的には同エントリへのTOM様のコメント

 ただ、私自身の思うには、この事件で悪いのは犯人です。ネットでもゲームでもナイフでも派遣会社でもありません。こういうキ○ガイ事件に、頼まれもしないのに周りからよってたかって言い訳を用意してあげる愚は避けるべきと思っています。他の似たような立場の人間を模倣犯に煽る危険を恐れるからです。只マスコミに対しては、誰に遠慮してんだか、いつもの報道の自由とやらはどうした、と隠蔽すらまともにできない無能さを蔑むのみです。

に激しく同意するものではあるが、繰り返しにはなるけれど現状は看過すべきものではないと思う。…とはいえ、それに対する具体的な方策などはにわかに思い付かないのだけれど。既存のメディアの枠に縛られないネット情報が力を持ち始めているというのが、せめてもの救いだろうか。